2011年12月22日
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こういう数字の番号札をもらうと、思わず写真に収めたくなるのはアルフィスタの常?
2011年11月24日
Alfa Romeo 100周年記念切手
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先週の土曜日、イタリアでご活躍のコーディネーターの祐子さんの誕生会に出席して来た。会場は新宿のホテルのイタリアン。誕生会というから20〜30人くらいかと思って行ったら、ゆうに100人以上の出席者にビックリ。交友関係の広さにただただ驚くばかり。
クルマ関係の人が多く、雑誌社の方は何人か知り合いも。オーナーさんも凄い人がたくさん。ブガッティ乗ってるとか、フェラーリ4〜5台持ってるとか、ヨーロッパ車を8台持ってるとか・・・ふぅ〜。
それはともかく、何故だか誕生会なのに参加者にたくさんのお土産が用意されていて、ジャンケンで争奪戦。ZAGATO関係狙ってたんだけどオーナーさん限定で、残念ながらRZ関連はなにもなく、がっかりしてたらお義理でAlfa Romeo 100周年の切手シートをくれた。おおっ、これは嬉しい!
イタリアってやっぱクルマ文化だよね。レースやクルマ会社の記念切手っていろいろある。日本でトヨタや日産の切手ってあるのかなぁ?
しかし、せっかく100周年を過ぎたというのに、現在製造されているクルマはMiToとジュリエッタのたった二車種。フィアットのおかげでダメダメな会社にさせられたAlfa Romeo。はやくどこかの会社が買収してくれないかなぁ。
2011年11月05日
女神湖 アルファ ロメオ ミーティング
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11月3日、勤労感謝の日に女神湖で行なわれたアルファ ロメオ ミーティングに遊びに行ってきた。RZはバッテリーがあがったままなので164で参加。写真部『fotocolore』のメンバーを誘い、バーベキュー・ピクニックとすることにした。
朝7時半に原宿を出発、2人のメンバーをピックアップして関越道からいざ信州へ。
関越乗ったら大渋滞。止まることは無かったがノロノロ走行。果たして無事に着くのか・・・・
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結局会場に着いたのは12時半くらい。なんと5時間も掛かってしまった・・・。ということで参加の方々にろくに挨拶もせず、バーベキューの準備。サンマ>鶏肉>豚肉>牛肉とフルコースで喰らう。紅葉見ながら自然の中でのバーベキュー、最高でございます。
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たらふく食べたらちょっとお仕事。某誌からレポート写真を撮っておいてと頼まれたので会場内をカメラ抱えてグルリと巡回。
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抜けるような青空とはいかなかったけど天候にも恵まれ気持ちのいい祝日となった。
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参加の皆さん、スタッフの皆さんお疲れさまでした。来年もお会いしましょう。
帰りは佐久にある布施温泉によって一息。なんと入浴料400円。夕方になりちょっと寒くなってきたところで、熱めの露天風呂に入り気分は上々。ビール飲みたいのを我慢してアイスクリームで慰める。
時間がなくて寄れなかったけど、この近くの旧中山道沿いには江戸時代の街並を残した望月宿や茂田井宿があるので、今度は写真を撮りに行ってみたいな。
2011年09月05日
アルファロメオ スプモンテ
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ここ最近マクロ写真かフード写真ばかり。そう台風の影響もあるけどどこにも出かけていない証拠。一ヶ月くらい風景写真をまともに撮った記憶が無い。荒れ狂う高波や増水した泥流の河を撮りに行こうかと思ったけど、思っただけでへこたれて事務所の中の小物を撮って欲求不満解消。
そういえばフィアットの仕事の打ち切り時に、お情け餞別でアルファロメオのスプモンテを貰ったことを思い出して撮ってみる。
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101周年を迎えたというのに現在アルファロメオが製造してるクルマはMiToとジュリエッタの2車種だけ。他はすべて生産終了。101年も歴史があるメーカーが2車種しか造ってないって・・・ねぇ。
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このままフィアットグループであっていいのだろうか?と思う。せめて同じフィアットグループでもフェラーリの傘下ならまだしも、このままいくとアバルトやクライスラーのバッチ替えのクルマを売るメーカーに成り下がりそうな予感。
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いまだ噂の火が消えないVWグループによる買収。1987年のアルファロメオ買収騒動のとき、ドイツやアメリカのメーカーに買収されるくらいならイタリアのフィアットの方がまだましと思ったけど、今はVWグループでも中国マネーでも構わないからフィアットから早く離脱しろと願うばかし。
愛してやまないアルファロメオに将来はあるのだろうか・・・。
2011年07月19日
1988年 Alfa Romeo リリース
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1988年の第74回パリオートサロン時のAlfa Romeo Press Releaseをアップしました。164、164-Pro Car、75、33のリリースになります。こちらよりご覧下さいませ。
2011年06月03日
ALFA164 Rosso 4連発
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1999年頃だったかな・・メンバーと夜明け前に出かけてこんな写真をよく撮っていた。新宿都庁前QV&Q4揃い踏み。
2011年06月01日
ALFA164
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誰でも写真を始めた切っ掛けがあると思う。自分の場合、新しく購入したクルマ(ALFA164)を「カッコよく撮りたい!」というのが理由だった。それまでもキヤノンのフルマニュアルの一眼レフは持っていたけど、旅行の時に使うぐらいでろくな使い方はしてなかった。まともな写真も撮った記憶も無い。。
1993年の後半にミノルタα707siが発売され、それを購入後積極的に写真撮影を始めた。なぜα707にしたかまったく記憶が残ってないが、たぶんALFAだからαにしたんだと思う。単純。
今見るとヘタクソな構図ばかりで恥ずかしくなるが、なんだかよく分からないなりに色々な種類のポジフィルムを買って現像があがったものを見ては一喜一憂していた頃が懐かしい。
当然クルマを撮るために買ったんだから早朝からよく撮影に行った。日の出にあわせて夜中の2時くらいから出て行く事もよくあった。台風が近付けば漆黒の曇り空が映えると思って喜んで出かけた。今はまったくの体たらくだけど。
上の写真は位置を決め三脚に固定し、友達にシャッターを連射で押してもらったもの。1994年頃の箱根。クルマを撮る場合、自分で自分が走ってるシーンを撮れないのがネック。三脚に固定してセルフタイマーで走ってクルマに飛び乗って撮った事もあった。今じゃ絶対にできないけど(笑)
下の写真は1998年頃。当時164のオーナーズクラブを運営していたので、よく仲間を誘って出かけた。台風直前のこういう雲がいいんだよね。QV、Super、Q4のそろい踏み。
最近、164の写真をまったく撮ってないので、久々に梅雨の中、雨もしたたる164を撮りに行こうかな。
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2011年05月30日
ALFA 164
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ALFA164との付き合いも21年目。写真は初代の『164 3.0 V6』1990-1997。7年間たくさんの想い出とたくさんの感動をくれたクルマ。
現在は『164 Q4』1997-。Q4に乗り換えて既に14年。あっという間の21年だった。
最初の164は本当に良いクルマだった。オートマだったけどダイレクト感、レスポンス、マニュアルとはまた違ったクルマとの一体感がとても楽しかった。洗練されたスマートなボディーもQ4の野暮ったい感じとは違ってエレガントだった。そんなことを思い浮かべるだけでも、当時の事がつい先日のように思い出される。90年当時はイタ車を扱える店も少なく、それこそプラグ一つ買うのも大変だった。今にして思えばいい想い出だけど、なんか毎日あちこちの店に問い合わせていたなぁ(まだネットも無かったし)
ブログを始めて12年なので、それより古い写真はアップしていないものも多いので、どうしようかと思っていたけど、アルバムやポジを見ていたらちょっとお日様の元に出してあげようかと。
昔の想い出話を添えながら164関係の古い写真をこちらで(→ALFA 164)アップして行くので、今後もよろしくです。
2011年05月09日
アルファ ロメオ 難民
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震災以降様々な余波が広まって身の回りでも、心が折れてしまった人、廃業を決断した人、倒産を余儀なくされた人・・・今後も色々な現象が現れてくることが危惧されるなか、10年近く世話になっていたうちのAlfa Romeoの主治医も、事もあろうか廃業を決断。なんたる事・・・・。
とても残念だが、ここは彼の新たな人生の再出発に心よりエールをおくろう。
しかしね、そんな事態になったからといっても、うちのロメオたちが急に良い子になるはずもなく、案の上さっそく愚図りだした。
まず164Q4。ブレーキを踏んでもブレーキランプが付かなくなった。なんで? ヒューズをチェック=問題なし。タマ切れチェック=問題なし。はて?なんだ?
フットブレーキ部分を観察すると、ニュートラルの状態ではプッシュボタンが押された状態で、踏むとリリースされる仕組みになっている。懐中電灯をあてながら確認すると白いボタンが押されたまま戻らない状態になっていた。取り外してみると中でなにやら引っかかってる様子。分解してみると金属の接点部分が偏磨耗してバリが出て、それが引っかかっていたようなのでヤスリで研磨し形を整える。念のためコネクターの接点部分も磨いて戻すと・・・・バッチグー。直ってよかった。
そしてRZの方は、油圧計が動かなくなった・・・・。う〜む。油圧センサーがいかれたか? こちらも接触不良の可能性もないとはいえないので今度の休みにでも各所点検してみるか・・・。気軽にちょっと見てと頼めるところが無くなったのは実に痛手だ。
今後どうするか。自分でとにかく直す、新しい主治医を捜す、壊れたところはそのまま放っておく。三択・・・・・。
なんとなく、そのまま放っておくになりそうな予感(笑)
まぁ、のんびりとやっていきますわ。
2011年04月07日
カフェ ジュリア
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アルフィスタならご存知の方も多いことだろう、箱根の仙石原にある『カフェ ジュリア(cafe GIULIA)』が今週の土日、4月9日、10日の営業をもって閉店となる。急に店主のTさんの顔が見たくなって、4ヶ月振りに直ったばかりの164Q4を駆って箱根に向かった。
箱根という街は関東圏のクルマ好きにとっては特別な所だと思う。その特別な地に自分の大好きなクルマをメインテーマにしたお店をつくる。クルマ好きなら誰もが一度は夢見ることだと思う。そんな夢をみごと現実にし、クルマ好きはもちろん観光客にも愛された店が『カフェ ジュリア』だった。
箱根に向かう車中、オーナーのTさんとの出会いはいつだったろう?と考える。なぜかずいぶんと昔から知り合いのような気がしていたが、2001年に開催されたAlfa Romeoのイベント『MUSEO ALFA ROME』あたりからだったと思うので、まだ10年ほどでしかない。それも親密に一緒に飲み歩くようになったのはここ4〜5年だろうか。
こちらが箱根に行った時は食事に寄って、Tさんが東京に来たときは朝まで一緒に飲んで。そんな関係で、考えてみたらクルマ関係の仲間を大挙して連れて押し掛けたことも、朝箱で寄ったこともなかった。というか、俺はそもそも朝箱に行ったことが無いかも?
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リーマンショック以降、多くの友達や知り合いが事業の転換を余儀なくされ、特に今年に入って為替や株式の動き、そしてこの東日本大震災が少なからず多くの産業に予期せぬ影響を与えている。
閉店の決断は苦渋の選択であったと思う。仕事を始める決意より辞める決断の方が圧倒的に勇気が要る。自分自身を自分自身で納得させなくてはならないから。。。多くの葛藤と迷いがあったと思う。でも、決めたことで自分に整理がついたと思うし、中途半端なねぎらいの言葉より、次へのステップへ最大限のエールを贈りたいと思う。
そしてこの『カフェ ジュリア』のことは、訪れた人の心の中に想い出としていつまでも残るだろうし、なにより大好きなAlfa Romeoのお店を築き、多くのクルマ好きに支えられたことはいつまでも誇りとなると思う。
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Tさん、お疲れさまでした。次のステップにさらに飛躍して進んで行きましょう。そして、いつもの馬鹿騒ぎで、また朝まで飲み明かしましょう!
2011年02月22日
Luciano Viaro - ルチアーノ・ヴィアロ氏逝去
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ルチアーノが亡くなったという訃報が届き愕然とする(イタリア新聞記事)。素晴らしきイタリアのお爺ちゃん。偉大なるアルフィスタ、ルチアーノ・・・
詳しいことは分からないが、とにかく「何故?」ということしか思い浮かばない。人一倍陽気で周りの人を喜ばすことばかり気を遣っていたお爺ちゃんだった。
日本に来た時に「オジイチャン」という言葉を教えたら、それから誰に会う時も自分の事を「オジイチャン」と呼んで喜んでいた。アルファロメオを中心にレースの人生。最近はミッレ・ミリアの常勝ドライバーとしてクルマ好きには知られた存在だった。2008年に日本のミッレ・ミリアに参戦したとき、カメラマンとしてサポート隊に一緒に同行したことが、つい昨日のように思い出される・・・。
太っていたが健康にはすごく気を遣っていて、野菜と果物しか食べないようなお爺ちゃんだった。レース中もハンドル片手にミカンの皮やバナナの皮を平気で山中にポイポイ捨てている姿が、オラウータンっぽくて笑ってしまったこともあった。加藤茶と荒井注と西田敏行を合わせて割ったようなイタリア人だった。
イタリアに行ったら会いたいと思っていたのに。。。「お爺ちゃん」と呼んであげたかったな。でも、悲しいとは言わないよ。悲しい顔したら寂しがるだろうから。
アルフィスタとしてお爺ちゃんのことはずっと忘れないよ。天国行ってもバナナの皮を投げ捨てちゃダメだよ。スピードの出し過ぎもダメだよ。
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Ciao !! Luciano きっと今頃は、天の川耐久レースとかにエントリーの手続きしてるんだろうな。。。。
※ルチアーノお爺ちゃんとの想い出
・La Festa Mille Miglia 2008
・ALFA ROMEO 6C 1500 SUPER SPORT チーム
・La Festa Mille Miglia 2008 2日目
・La Festa Mille Miglia 2008 3日目
・La Festa Mille Miglia 3日目夜
・La Festa Mille Miglia 2008 最終日
・La Festa Mille Miglia 2008 最終日ゴール
・La Festa Mille Miglia 2008 おまけ
2011年02月08日
I LOVE ALFA ROMEO
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2010年11月19日
400 HORSES
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これを見て「おっ!」って思った人(かなり数少ないと思うけど)。反応してくれてありがとう! 知らない人に説明すると、このエンジン、Alfa Romeoの最高傑作であるV6エンジンのDOHC。Alfa Romeo 164Q4を筆頭に、156や166等にも搭載されたので、イタ車好きにはお馴染みのエンジン。
「でもなんでiTunesに?」と思ったあなたは賢い。そう、よく見るとAlfa Romeoのエンブレムの所がなぜか『400 Horses』になってる。400馬力?? いえいえ、実はこれイギリスのハードロックバンドのアルバムジャケット。音楽雑誌はもちろん、クルマ雑誌だってそんな突っ込みはだれもしないので、全世界のアルフィスティを代表してアルフィスタNOBUがここで大々的に宣伝。

といっても実はこのアルバム、2000年発売で既に10年経ってる。で、バンドはこのアルバムきりで消滅(たぶん)。セカンドアルバムの発売も未だに無い。
音はというと、中途半端な80年代HRに90年代のLAメタル足したような楽曲で、オルタナ全盛の2000年では当然見向きもされず、どこをとっても中途半端なアルバムで400馬力と威勢はいいが150馬力くらいのダメダメ君。でもVoは決して悪くないし、ギターだってテクニカルではないけど頑張ってる。一番の問題はサウンドメイキング。ミキシングはインディーズ丸出しで、いかにも売れないイギリスのバンドって感じ。ドイツあたりの売れっ子プロデューサーがやったらもっと頑張れたんじゃないかと、ちと残念。
と散々こけ下ろしておきながら、Alfa Romeo V6 のエンジンを使って堂々と『400馬力!』と言い切るこのバンドが(見たことも無いけど)、ちょっとだけ可愛く見えたりするのである(くどいけど見たことも無い)。
ハードロック好きのアルフィスタ諸君! 話のタネに買っても損は無いぞ!(たぶん・・・)
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こちらは本物のうちのQ4のエンジン。かなり汚い・・・・
2010年11月10日
問題児
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バタバタしていてblogの更新もほったらかしだったので、時系列になってないけどドドっとアップしていこう。
まず『Alfa Romeo RZ』車検を兼ねて入院中。その症状は、走行中突然エンストする事、一旦エンジンを切るとセルすら回らなくなることがある事。怪しいのは電気系と燃料系。とりあえず配線を一本一本辿りながらの電気系のチェックと、燃料ポンプ等の諸々怪しいところのチェック。いつも起こるのではなく、たまに症状が出るだけなので原因究明もむずかしそう。
あとワンオフで作ったマフラーも経年劣化で消音材がベタベタになってるようで、最近とくに爆音仕様になっていたのでサイレンサー部分だけ作り直し。入院して1ヶ月近くになるけどもう暫く掛かりそう・・・・。
せっかくオープンに最高の季節なんだけどなぁ。
そして車検から戻って来て、燃料ポンプも交換し絶好調と思っていたALFA164Q4。なんかやたらハンドルが左にとられる。空気圧かと思ってスタンドでエアーをチェックしてもらうと
「お客さん、右フロントのタイヤ、やけにハの字になってますよ」
え?ハの字? しゃがみ込んで少し離れて正面から見ると確かにかなりのネガキャン。それも右だけ。ウ〜む。工場に慌てて持っていくが原因が分からず。ブッシュやシムが潰れたのかと思っていたけどそうでは無いらしい。Q4の場合、元々キャンパー調整ができないので、ロアアームごと交換しなければならないらしく、新品は既に欠品。解体車の部品があるのでそれで交換してみて確かめてみるとの事。
ただ、2台ともクルマが無くなるとキツイので、とりあえずRZが直るまではタイヤの内減が気になるけど騙し騙し乗る事に。しかし、2台とも入院が長過ぎる・・・・。
2010年10月20日
ようやく帰って来たAlfa164Q4
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ガソリンだだ漏れからようやく帰って来たAlfa164Q4。結局すったもんだあって、先ずガソリン漏れは給油口からガソリンタンクに行く途中のパイプの接合部分のゴムホースの劣化から亀裂がおこりそこから漏れていた模様。
さらに今度は2000回転以上にエンジンが回らなくなり、スターターもほとんど効かなくなりエンジンスタートに苦労する程。再点検してもらったらガソリンタンク内にあるポンプのホースがこれまた亀裂で、ガソリンタンク内でピューピュー漏れていた様子。
う〜ん、しかたなく部品を全部交換してもらいようやく戻って来た。
治った感じは・・・・無茶無茶燃費が良くなった。がはは、それまでかなり地球にバラ撒いていたってことだよね。さらにポンプの疲労で燃焼が悪かったっと思われ、修理期間は長かったけど最終的には地球にもサイプにも優しく復活ってことか。な?
2010年09月20日
ブレラ、スパイダー生産終了
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Alfa Romeoのブレラとスパイダーの生産終了が決定したそうだ。まだ発売から5年(日本では4年)しか経っていない。マイナーチェンジも無く、モデルチェンジも無く『生産終了』。先に生産終了となっているGTに続き、これでAlfa Romeoのラインナップからクーペ&スパイダーは全て無くなってしまった。
というか、MiTo、ジュリエッタ、159しか残っていない。いくら不景気といえども三車種だけとは・・・・。
確かに短命なのも仕方ない気がする。あまりにも重く軽快感の欠ける走りは、発売当初から不評だった。GMのプラットフォームを使ったのが理由か分からないが、例えばスパイダーの場合、旧モデルに比べて3.2で約400kgの増量、RZと比べると3.0だけど500kgも重い。同じ排気量で400kgも重くなったのでは、どんなにデザインやクオリティが優れていても走りがスポイルされてしまうのは避けられないだろう。特にアルフィスタは中高速での走りにこだわる人が多いのだから。
国産では珍しく無いけど、Alfa Romeoで4年くらいで生産が終了したモデルって80年代以降はない気がする。特にスパイダーはもう一回りコンパクトで400kgくらい軽かったら・・・きっとこんな短命でなかったと思う。スポーティーカーにとってやはり重要なのは高排気量、高馬力よりライトウエイトが一番重要といまさらながら感じるのであった。
159にクライスラーのバッチを付けてアメリカで売るとか、ジープにアルファのエンブレムつけて売るとか、クルマ好きがちっともゾクゾクこない噂ばかり出回っているけど、最終的にはもっぱらの噂であるVWグループ入りがAlfa Romeoにとって一番幸せな気がする。フィアットの傘下だと、今後どうなってしまうのか凄く心配。
今年は100周年だというのに生産終了のニュースばかりでは、生粋のアルフィスタとしてはやりきれない。
2010年09月13日
Alfa164 オーナーズクラブ
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昨日はAlfa164 OWNERS CLUBの蓼科での集まりに退役後久々に参加してきた。久々・・・10年振り。それも164がガソリンぶちまけの入院中のためRZで・・・。
1992年の夏だったと思う。生麦のキリンビールの工場で、たまたま164QVを見かけそのオーナーに話しかけたのが始まりだった。まだネットも携帯電話も一般的に普及していない時代。今にして思えばどうしてメンバーが集まったか不思議なくらいだが、半年も経たないうちに数十人の仲間が集まり、クラブ結成へと動き出した。そして1993年クラブ結成。雑誌に募集告知をだしたり、駐車場でスカウトしたり・・・
毎日が楽しかった。連絡はほとんど郵送かFAX。今から比較すれば面倒で手間が掛かったけど、だからこそ良かった面も多かった。当時はまだ会社勤めだったけど、ほとんどクラブの内職(?)していたような気がする。まだ個人用のパソコンも無かった時代だし、会報誌を作るのも会社の『ワープロ』でチマチマ残業時間に編集していた。夜中まで掛かってようやく作った会報誌を郵送するのは、どこか恥ずかしくもありワクワクするイベントでもあった。
アナログで頑張って数年経過し50人くらい集まった頃だろうか、世の中は急激にネット化に進み出す。たまたまその頃には自分も独立して仕事がその方面だったのでホームページを制作。ホームページを持ってるクラブなんて当時はまったく無く、先駆け的存在だったと思う。今見ると恐ろしく恥ずかしいページだけど。
ネットの勢いは凄く、あっという間にメンバーも100人を越え、一つの目標を『164人』に定め積極的に勧誘を行なった。でも、それは結局間違いだった気がする。目的が数集めになった瞬間から、本来の同好の集まりという枠がどこか中途半端になり、配信側も受信側もネットにマナーやエチケットが確立されていなかった時代だからか、どこか政治的な動きが目立つようになり、仕事のストレス・家庭の苦痛に加えて趣味の世界に重荷を感じるようになった。好きな趣味のことなのに負担な気持ちになることが多かった。
限界を感じている時期でもあった。多くのメンバーから励ましの言葉をもらった。でも正直、好きなことなのに楽しめなくなっていた。大好きなクルマのことなのに、自分でも不思議なくらいに後ろ向きになった。何故と自問自答すればするほどブラックホール的に溝は深まった。もう限界を感じていた。
クラブの運営自体を、辞めるべきか続けるべきか・・。重い課題だった。自分が好きで始めたことなのに、自分の我がままで勝手に結論を出していいのか?自問する毎日だった。当時のメンバーには本当に申し訳ないと思う。船頭さんが舵を漕がなくなっては船は進まない。進まない船は船の役目をなくし単なる浮き輪でしかなくなる。浮いてるだけで誰が満足するだろう。そんな毎日だった。
しかし、やはり同好の仲間でもあり同じ意志を持った仲間でもある。「では引き継いでやって行こう」という有志が現れてくれた。嬉しことである。印籠を渡す時期でもあったし、またそうするのが最善かつ最良なことだと思った。2000年から2001年にかけてのことだったと思う。
最初に買った164は1990年の『ALFA164 3.0 V6』だった。最後にクラブのイベントを企画したのは2000年だった。今年はそれから数えて購入後20年、運営からはなれて10年、そしてAlfa Romeo 100周年の記念すべき年。たかだか10年で自分の中で消化できたわけではないのだけど、顔を出したくなって行って来た。
当然ながら雰囲気(風土?)や平均年齢は18年前とはすいぶんと変わってしまったけど、「Alfa164が好き」という絶対的で究極の目的は不変であり内部分裂で崩壊して行く自動車系クラブの多い中、チームワークで10年近く舵取りしている現執行部には感謝の念を禁じ得ない。
好きなこと(モノ)を本当に好きだと言える環境作り、そしてそれを維持して行く力。趣味ってその言葉の通り『趣を味わう』ものであり、それを忘れてはいけないと改めて実感する有意義な一日だった。
Alfa164 forever!
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「Alfa164 forever!」と言いながらRZの写真ばかりで申し訳ない。皆がツーリング(タイムラリー)で出かけてる最中、今回のイベント会場の裏庭でRZの撮影をしながらノンビリ休日タイムを謳歌する。
そして帰り道、国道日本第2位の高さを誇る麦草峠(2,127km)で撮影。
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IL MOSTRO(怪獣)の呼び名に相応しく、雲海の中で。今にも『大魔神』が現れて海が半分に別れそうな光景に(古過ぎ?)ビビリる。でも、そんな風景の方がES30に似合う気がする。
今は入院中だけど、今度は164も沢山写真に撮ってあげよう。
2010年09月09日
満身創痍なAlfa164Q4
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深夜に自宅の駐車場(といっても賃貸だけど)までJAFに運んでもらったAlfa164Q4。今度は工場まで別な積載車で運んでもらう。毎回思うことだけど地面を走るために作られたクルマが、トラックの荷台に乗ってるというのは、もの凄く違和感を感じる。特に自分の愛車の場合は切なくなる・・・。
そんなことを思いながら助手席に乗せてもらい工場に向かう。自慢じゃないがJAFの年会費は毎年しっかり元を取ってる。当然ながらレッカーにお世話になったのも片手では足りない。駐禁の切符切られるより圧倒的にJAFを呼んでいる方が多い。
ただAlfa Romeoの名誉のために言っておくけど、Alfa RomeoだからJAFを呼ぶ回数が多いというわけではない。特に今年は異常な高温で燃料系やオーバーヒートでJAFの出動件数も跳ね上がってるそうだ。10年越えた外車はどれも似たり寄ったりだし、15年超になれば部品的にも壊れて当たり前という前提で乗らなくてはいけない。80年代〜90年代の欧州車は品質もたいしたことがないし、簡単にいえばそんなクルマにいまだ乗ってるのは酔狂といわれてもしかたがない。
でもね、やっぱ自分はこれが好きで、壊れても、ぶつけられても、燃えても手離す気にはまったくなれない。RZも同じ。まったく手離す気になれない。なんでだろうと考える・・・・う〜ん、よく分からん。「好きこそ全て」まさにそれ以外に言葉がみつからない。
あちこちガタが出てきて部品も欠品が増えてきたけど、まだまだ蜜月の関係は続きそうだ。
2010年09月03日
あぁ・・・またまたの入院
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昨晩、Alfa164Q4で会社から帰ろうと思ったら、ガソリンの警告灯が・・・。ここ2〜3日乗ってなかったのだけど、たしか前回は半分くらいあったはず。まぁ、走り出したらメーターも戻るだろうとあまり気にせず走り出す。
・・・なんか変?
トクルが伸びず、なんか変なエンジンブレーキのような引っかかりを感じる。ちょうど車検に出すところだし細かく見てもらおう。そう思いながらセルフのガソリンスタンドに入り給油を行なう。いつもの通りカードを入れ、いつもの通りノズルを差し込み、いつもの通り給油を開始。給油メーターがカタカタあがって行くのをボーッと見つめていたら・・・
・・・なんかガソリン臭い。
足下を見るとクルマの下から水のようなものがこちらに迫ってくる。?????なんで水?? と思いつつ指先につけて匂いを嗅ぐと、明らかにガソリンの匂い。うげげ、ガソリン?!
一瞬ノズルを給油口にちゃんと入れないで給油してしまったかと思ったけど、しっかり奥まで入っている。なんで?底を覗き込むと・・・・ガソリンタンクから勢い良くガソリンが漏れている。ジャーって感じで。
うげげ、ヤバいじゃん!
慌てて店員を呼んで来て受け皿を用意してもらう。どうやら場所的に給油口とタンクの間のパイプに亀裂が入ったよう。う〜ん、JAF様のお助けを。ということで、我が愛車、またまたまた入院である(深夜だったので、工場には来週にまたJAFで運んでもらうのだけど)。
いやぁ〜知らないで走っていて、タバコの投げ捨てに発火して、ハリウッド映画みたく大爆発にならなくてよかった。それも新宿のど真ん中で。ふぅ=。古いクルマにお乗りの皆様、くれぐれもご注意のほど。
2010年09月01日
Quadrifoglio Stories
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Alfa Romeo 公式サイトにて『Quadrifoglio Stories』を執筆中で〜す。これさえ読めばAlfa Romeo100年のレースの歴史が一発で解ります。アルフィスタは必読。次回でいよいよ最終回。お読みくださいませ!
アルファ ロメオ クアドリフォリロの歴史→『Quadrifoglio Stories』
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