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Vietnam アーカイブ

2007年06月02日

べトナム紀行-No1

vietnam

自分の生まれた年に造られた Leica M3 を持って旅に出ようと思った。今年に入ってまともな休みもろくにとらず、気がつけば働き詰めだった。仕事で写真を撮るのではなく、あくまで自分の欲求のためだけに写真を撮るというのも楽しいような気がした。純粋に撮りたいという欲求が、はやる気持ちを駆り立てる。

「さてどこへ行こうか」

イタリアのフィレンツェも悪く無い。シチリア島もよさそうだ。せっかくライカだから生まれ故郷ドイツを巡礼するというのもオツだ。足を伸ばしてアムステルダムやプラハなんかも興味をそそられる。

しかし、ヨーロッパは移動時間の関係で、休みが難しそうだ。もう少し近場を考える。東京から10時間以内で歴史がある国(街)。過去に渡航経験の無い国。先進国は除く・・・。

候補にあがったのは、マカオ、台湾、ヴェトナム、ラオス。消去方法でマカオ、台湾は早々に落選。ヴェトナム、ラオスに的を絞り検討する。

 

 

以前、FMラジオでヴェトナムを紹介する番組をやっていた。毎日5分ほどのベルト枠だったが、想像をかき立てるには十分な番組だった。それまでヴェトナムの印象と言えば、『ヴェトナム戦争』そのものであり、観光地というより『地獄の黙示録』や『フルメタルジャケット』の舞台でしかなかった。

『キリングフィールド』のような屍で覆い尽くされたメコン川を必死に逃げまとう難民。枯葉剤と化学兵器が炸裂する荒涼たる大地。亜熱帯のジャングルに潜むヴェトコン・・・・・

しかし、現実にはドイモイ政策以降、社会主義国にも関わらず目覚ましい経済発展をとげ、99年は10万人前後の日本人入国者も2005年には30万人と急増している。

常に他国からの侵略を受け続けた国ヴェトナム。戦争から30年、どんな国になっているのかとても興味があった。

「よし、ヴェトナムにしよう!」

ベトナム紀行-No.2 成田空港 ANA931便

Leica M3旅に理由なんて必要ない。その場所に行きたいという本能的欲求だ。しかし、人はなぜ旅をするのだろう。まだ見ぬ地にどんな夢を馳せるだろうか・・・。

成田空港の出発ロビーでそんなことを考えながらライカにフィルムを装填する。今回は『Leica M3』『Leica CM ZOOM』のフィルムカメラ二台と、ポラロイドカメラ、いつもポケットに入れているデジカメのCanon IXY1000の4台にした。フィルムで撮りたかったので、NikonD50はお休みとした。

バッグにカメラを無造作に入れる瞬間が好きだ。レンズも4本持って行く。金属の重みがずしりとショルダーに加わる。ターミネーターが銃砲店で無機質に最新兵器の名前を読み上げバッグに詰め込んで行くような、そんなヘビーでクールな瞬間と自分では自惚れている。無用な重みが旅への期待と正比例する。デジイチにワイドなズームレンズを一つもって行けば事足りるが、それでは旅の演出が台無しだ。

旅には理由のある無駄が必要なんだ。

 

空港はいつ行ってもワクワクする。ガラスで遮断された向こうは異国への扉。まるでジオラマのセットのようにジェット機が待機している。

どうやらこれから乗るANAは最終便のようで、ここまで人がいない成田は初めてだ。ちょっと違うロビーにでも行けば、本当に便が出るのか心配になるほど。出発のアナウンスに促されて搭乗手続きを行う。

 

今回は火曜日に出発を思い立って代理店にオーダーし、木曜日にチケットがとれた連絡を貰って土曜日には出発という、まるで熱海にでも行くような思いつき旅行だったが、それだけ海外も身近になったという事だろう。数ヶ月前から計画を立てるなんて、ちょっと難しいし、一人旅にはこれくらいのユルさが丁度いい。

narita

空港カウンターで「通路側の良いお席をお取りしておきました」という言葉とおり、横は空席のセンター席。夜中の便でどうせ外は見えないしビールをがぶ飲みする者にとって通路側は必須アイティム。なかなかよろしい。

さぁ一気に飲んで一眠りするぞ、と荷物を置こうとしたら肩を叩く人。振り返るとヴェトナム人のおばちゃんが、どうやら席を変わって欲しいと言っているようだった。身内がこの席の近くに集まっているらしい。う〜ん、せっかくの隣が空いてる通路側の席だったけど、日本男子そんなせこい事を言ってはいけない。おばちゃんに笑顔でOKの返事を送る。

おばちゃんは数列後ろの窓際の席だった。窓際って狭いのであまり好きじゃない。ちょっとだけ失敗したと思いながら、顔には微塵も出さず冷静に席を交換する。隣が空席でありますように・・・・・と祈りながら。

 

 

 

だいたい祈って正解になった試しがない。案の定、今回も大ビンゴだった。窓に映る成田空港の夜景を見ながらぼんやりしていると「エクス・キューズ・ミー」の声。振り返ると・・・・

「武蔵丸・・・・」

ロボコンと武蔵丸とドラえもんをたしたようなヴェトナム親父。(オー・マイ・スパゲティー!)お腹があり過ぎで肘掛けに引っかかって座れないでいるし・・・。ちょっとだけヴェトナムおばちゃんに殺意が湧いたのはここだけの話にしておこう。

キツキツの旅となってしまったが、まぁ、それも一興か。かくして飛行機は定時に成田を出発した。

べトナム紀行-No3 ホテル到着

palace Hotel

23時にホーチミン・タンソンニャット空港に到着。日本との時差はマイナス2時間。日本時間では25時。

現地代理店のワンボクスに乗り込み、ホテルに着いたのは24時近かった。ちょっと古いガイドブックにはヴェトナムの夜は早いと書いてあったが、とんでもない。バイクの喧噪にタクシーの客引きと夕方のように賑やかだ。今日が土曜の夜である事をぼんやりと思い出した。

 

冷蔵庫の缶ビールでまずは到着の乾杯。ディスコから流れる重低音の響きを子守唄に、明日に備えて早々に床に入る。

2007年06月03日

べトナム紀行-No4 ホーチミン初日

ホーチミン

6月3日(日)いよいよヴェトナムでの第一日目を迎えた。心地よい朝日。東京では見られない青空。実に清々し・・・・・くない(笑)。

日曜というのに早朝からバイクのけたたましいクラクション音が鳴り響き、ホテルの部屋にいても目の前で暴走族の集会が繰り広げられているような喧しさ。中国に行ったときもクラクションの下品さに驚いたが、そんな比ではない。とにかく鳴らしっぱなし状態で、鳴らさないのが負けなようだ。

ただ、クラクションの使い方は日本人と明らかに違い、「じゃまだ、どけ」といって鳴らすのではなく「自分がここを通るから気にかけてくれ」といった感じで、音で自分の存在を知らしめているようだ。だからウインカーより先にクラクションを鳴らしながら道を曲がって行く。もちろん信号無視も当たり前で、赤信号の中クラクションを鳴らしながらどんどん突っ込んでくる。

数十年後、間違いなくヴェトナム人のモトレーサーが生まれるだろうなぁ。日本人より明らかにバイクに限っては戦闘的だ。

そんなバイクの海の中、昔ながらのヴェトナム帽子を被った行商のおばちゃんがテクテク歩いている姿は実に微笑ましい。普通の人がイメージするヴェトナムってこれじゃないだろうか。聞くところによると、この行商のおばちゃんも年々減っているそうだ。確かにバイクや自動車の方が合理的だが、おばちゃんパワーは無くしてはいけないなと部外者ながら思うのであった。

ホテルで朝食をとりながら今日のコースを考える。一人旅だと思いつきで行動できるから気が楽だ。行きたい事へ行きたいときに行く。実に我がままで気持ちがいい。

べトナム紀行-No5 標識

ホテル近くにあった標識。微妙に難しい・・・・4,0m÷7,3mってなんだ? 最初最大寸法かと思ったけど(÷)だしね・・・?

べトナム紀行-No6 悪徳タクシー

ホーチミン

朝食後ホテルの近くで写真を撮っていると、うんざりするほど悪徳バイクタクシーが乗っていけと声をかけてくる。もちろん白タクで料金は時価。交渉次第となり、現地代理店の人間はトラブルになるので乗らないように言っている。

が、せっかく来たんだからちょっと経験してみたいのも人情。ホンダのスクーターに乗ったお兄ちゃんが近づいて来たので少し話してみる。

「ここは危ない、だから乗っていけ」どこで習ったのか下手な日本語で話しかけてくる。「なんで危ない?」「ここは危ない。ペンタイン市場も危ない。チョロン市場がいい。だから乗っていけ」

「なんで危ない?」「危なくてダメ。チョロン一番」どうやら『危ない』というのは『よくない』という意味らしい。なんとなくそれで話のつじつまが合う。

「いくら?」「10ドル」「だめだめ、高すぎる。さようなら」「OK、OK、1ドルでいい」いきなり極端な値引きだなぁ。こいつちょっと面白そう。「1ドルしか払わないよ。いいね」「OK、OK」かなり怪しいけど、後でつべこべ言うようならこっちも暴れるので、試しに乗ってみる事にする。

ホーチミン

ベトナムはノーヘルだ。どうやらヘルメットは義務づけられてるようだけど誰も守らないので放置されてるようだ。その辺りからも国民性が伺える。当然ながら信号も平気で無視する。逆走もあたりまえで、交差点内は無法地帯となる。後ろに乗っているとかなりスリリングだ。このお兄ちゃんに決めたのはエロ話を全然しなかったから。まあ、そんな事で信用はおけないが、ちょっとはましだろう。

市内をグルグル観光しながら、ビンタイ市場に着く。中国系の地区だけあってヴェトナム人というより華僑系の顔つきの人でごったがえしている。肌も白い。

「アオザイ。アオザイ。ワイフに買っていけ」案の定、ひも付きの店に連れて行かれるが「お土産は買わない」と冷たく断ると残念そうな顔をした。マージン入らなくてすまんな。その代わりメコンデルタまで案内してもらうと幾らか訊いてみる。相手はほとんど英語で、こっちは日本語だからどうも話がまどろっこしい。

現地の代理店に訊いたら100ドルと言われていたので、それ以下ならこのお兄ちゃんに連れていってもらおうかと思う。

「200ドル」

いうね〜(笑)ホーチミンからメコンデルタまで約40km。往復で80kmくらいだからたぶんタクシーでも30ドルくらいだろう。舟が10ドルとしても、やはりどんな高くても100ドルが限界。

「50ドルでどう?」
「50ドル?!No~!」

このお兄ちゃんなかなか面白しろい。ちょっと真剣に価格交渉してみよう

べトナム紀行-No7 ビンタイ市場

ビンタイ市場

市場横の喫茶店(?)に入り悪徳タクシードライバーと価格交渉。途中でラチがあかなくなり紙に書いて価格交渉。

「レンタカーにボートにレストラン、オールで200ドル」こやつなかなか200ドルは切らない。「だめぇ。50ドルなら考えてもいい」「50ドル?!ノーノー」「じゃロング・グッバイ。SAYONARA」「オーケー、いくら?」「だから50ドル」「お〜50ドル、レンタカーだけ。船はノー」

まあ確かにタクシーと船で50ドルくらいにはなるだろうから、あまり値引くのも可愛そうか。その後、100ドルまで折れて来た。100ドルって換算すると1万3千円くらい・・・・ちょい高い。旅行代理店のツアーと同じくらいじゃ、わざわざ悪徳タクシーで行く理由が無い。

「よし、じゃ市内観光andメコンデルタ+船andランチでジャパニーズマネーで1万円。それ以上は払わない」

ヴェトナムではドン以外にUSドルや場所によっては日本の円も使える。両替所も至る所にある。ここはドルで払うより円の方がこちらに都合が良さそうだったので円で交渉。

なかなか100ドルで引かなかったが、ぬるいコーラを飲み干す頃にようやく1万円で交渉成立。すぐに金をくれと言ってきたが、渡したとたんドロンするに決まってるので、最後にホテルまで送ってもらったら払うと断る。

さぁ、ちゃんとメコンデルタに行けるのか?

べトナム紀行-No8 メコン・デルタ

メコン・デルタ

まず市内とバイクの後ろに乗って観光。観光と行ってもただ走り回ってるだけだけど。でもこれで土地勘がついて翌日以降の歩きでの観光にかなり役立った。ノーヘルは危険この上ないが気持ちいい。とにかくヴェトナムはバイク天国。歩道をだれも歩いてない。津波のようにバイク(スクーター)が走ってる。ここをハーレーで其処退け状態で走ったら気持ちいいだろうなぁ、なんて考える。
「やっぱり道が混んでるからメコン・デルタまでバイクで行こう」おいおい、いきなり変な事をいいだしたぞ、この悪徳兄ちゃん。「ふさけたこと言ってるんじゃねぇ、ちゃんとレンタカーって言っただろ」「わっかた、わっかった。レンタカーOK」すんなり引き下がるお兄ちゃん(ちなにみ向こうは英語、こっちはこのままの日本語で会話。以下同じ)

途中でバイクを止め携帯で電話するお兄ちゃん。「レンタカーが無いので、タクシーで行く」また変わるのかよ。まあ、このお兄ちゃんよりタクシーの方が安心できるだろう。「お金はアップしないよ。いいね」「OK、OK」

途中でタクシーに乗りメコン・デルタに向かう。タクシーに乗ると「タクシー代を払わなくてはいけないので先にお金をくれ」ほ〜らまた始まった。先に渡したらドロンだろ。「だめ、ホテルに帰ったら払う。約束だろ」「OK、OK」

メコン・デルタ

メコン・デルタに約一時間で到着。途中のココナッツ畑や沼地にも寄りたかったが、遅くなるとパスされた。まあ、メコンが目的なので、帰りに寄ればいいかと先を急いだ。

ミトーの街に着き、船着き場にいくと既にボートが来ていた。このお兄ちゃん手配だけは早い。あっ、ちなみに乗って来たタクシーはきっと同業だろう、メーターは付いていたがもぐりの白タクだった。

ボートに乗り込みメコンを周遊。スコールにも遭わず快適なクルージング。タケシ軍団のダンカン似の無表情な船頭。当然ながらボートは貸し切りで、同じくもぐりの白ボートだろう。船に乗ったらまたお兄ちゃん「ボート代を払わなくてはいけないので、先に金をくれ」と言ってくる。

またかよ「だめ、ホテルに帰ったら払う。約束だろ」「OK、OK」

約一時間、のんびりクルージングして港に戻る。ジャングルの方に行きたかったが、なんだかんだ理由をつけて行かなかった。きっと縄張りが違うのだろう。まあ、これでもけっこう楽しめたのでよしとしよう。

ボートを降りて待っていたタクシーに乗り込むの、また「タクシー代を払わなくてはいけないので先にお金をくれ」

『しつけぇなこの野郎!』

まあ、後は飯を食うだけなのでドロンはしないだろう。「ちゃんと飯屋に連れて行けよ」「OK、OK」かなり怪しかったが、あまりにもしつこいのでタクシーの中で代金を渡す。しかし、一瞬お兄ちゃんの顔色が変わったのを見逃さなかった。

(こいつなんか考えてるな・・)

べトナム紀行-No9 ベトコン

メコンデルタ

金をもらったら後はサービスなしというのがこの手の連中の常套手段だ。船から降りて近くにあった中華系の寺院に寄って写真を撮っていても、はやく帰ろうとうるさい。「ランチはどこで食べるのか?」と訊いても「危ない、危ない(メコンデルタはよくないという意味)」とはやくホーチミンに戻りたがる。タクシーが時間なのだろう。まあ、飯は別にメコンでなくてもいいので、撮影を切り上げてタクシーに乗り込む。

「お好み焼き、お好み焼き(ヴェトナムのお好み焼きバインセオのこと)」と言ってくる。「バインセオなんて安くてダメ、もっと高い料理食わせろ」とこっちもあまりうるさく言うもんだからお兄ちゃんも困った顔をした。

そのまま途中どこに寄るでも無くホーチミンに到着。タクシーからまた最初のスクーターに乗り換え、レストランに向かうという。タクシー降りた瞬間逃げるんじゃないかと思ったけど、一応レストランまでは行くようだ。バイクに乗ってしばらく走り、交差点で止まった。

「バイクを置いてくるからここで降りて待っていてくれ」ほーらきた。ここでトンズラすう気だな「おいおい、そのまま逃げる気だろ。日本人をなめるなよ」「だいじょうぶ、だいじょうぶ」「本当大丈夫かよ?!」

再びバイクは走り出しほどなくして、とあるお店の前に着く。「ちょっと歯医者に行ってくるから先に店に入っていて」「歯医者?お前めちゃくちゃな理由言うな」「ほんと歯が悪い。ほらここの歯が無い」お兄ちゃん指で口を広げ人に見せる。確かに奥歯が一本抜けてる。「20分くらいで戻るから先に食べてて」「お前、歯医者が20分で終わるわけないだろ」「必ず戻る。約束。先に食べてて」だんだんムカついて来た。「じゃ分かった。歯医者行っていいから、そのかわり俺のメシ代かえせ」「かならず戻る」「だめ、メシ代だけ金返せ」お兄ちゃん渋々ポケットから数枚のドンをくれた。「必ず戻ってこいよ」「大丈夫、20分で戻る」お兄ちゃん、スクターで走り去って行った。

「ありゃ戻ってこないな」まぁ普通に考えても戻ってくる理由が無い。奴さんがやり残してる仕事はここからホテルまで送る事だが、歩いても5分かからない距離だ。別にトンチンカンな会話をしてるヴェトナム人と一緒に飯を食わなくても一人の方が気が楽だ。さようならお兄ちゃん、けっこうスリリングで楽しかったよ。

お店に入り(レストランではなく大衆食堂)手渡されたドンを数える。日本円にして600円くらいだった。

「あのベトコン野郎、許さん!」

ホーチミン

べトナム紀行-No10 ベトナム料理

スコール

やはりあの悪徳白タク・ベトコン野郎は帰ってこなかった。でも連れて来てもらったお店は飛び抜けて旨かった。日本の店とはまったく違う。これが本場の味か・・・と一人感動する。感動し過ぎで写真を撮るのも忘れて食べてしまった。

一度ホテルに戻り汗を流す。なんといっても気温30度、湿度90パーセント。持っていたガイドブックが湿気でくったりするほどだ。

さっぱりしたところでベンタイン市場に行ってみる。お店にはあまり興味が無いのだけど、せっかく来たのだから一通りは見ておこう。

まさにアメ横状態。四畳半くらいの狭いスペースの店舗が何千と軒をならべている。息が詰まるほどだ。だいぶ疲れていたので、今日のところはさっと見るだけにしてホテルに戻る。

再びシャワーを浴びてビールを一杯。至福の時・・・・。リフレッシュしたところで、ホテル近くのお店を見て歩く。

ホーチミンは通りごとに店舗に特色があって、電気店ばかり並んでる通りや、バイクの修理工場だらけの道や、骨董通り、サンダル屋ばかり並んだ所・・などなど見てるだけでも飽きない。

ホテル近くはカメラ通りだった。何件もの店やDPEショップが並んでいた。当然ながら売られているカメラはほとんど日本製だったが、古いライカやコンタックスが置いてある店もあった。

ライカM3も売られていたが怖くて声を掛けられなかった。だって湿度90パーセントの国だよ(笑)

ベトナムの子

そうこうしているうちに空が真っ暗に。スコールだ。ちょうど雨期にあたり夕方に毎日のようにスコールがあるらしい。傘など持ってないので、ホテルに戻る事にする。

ホテルの数件隣にもショッピングセンターのようなものがあった。ちらっと覗いてみる。ベンタイン市場と違い、客がまったくいなく閑散としている。こっちの方が落ち着く。はは。

可愛らしい洋服着た子の店で土産を買う。カメラを向けるとすかさずポーズを撮ってくれる。しかし、その笑顔に騙されてはいけない。値段はものすごくふっかけてくるので、心を鬼にして値引き交渉。最初の提示価格の25パーセントで交渉成立。値引き交渉をするのが好きな人はこの国ほど楽しいところは無い。

ホテルに戻ると雨が降って来た。三たびシャワーを浴びまとわりつく湿気を流す。ビールはちょっと我慢して、夕食のレストランをどこにするかガイドブックを見る。図書館で4冊も借りてきたので、情報には困らない。

ホテルのすぐ裏手においしそうな高級レストランを見つけたので、そこに行ってみる。なかに入ると白人系の観光客だらけだ。見たところ日本人はいない。さあ本格ヴェトナム料理のお味は・・・・

「やばい、旨すぎる・・・・」腰が抜けるほど旨いとはまさにこの事だ。ビールのジョッキも日本のように凍らしてある。何杯でもいけそうだ。

さんざん食って飲んでお代は日本円で2千円弱。高級店でこの値段なんだから・・・明日からどうする俺!

ホーチミンの夜

2007年06月04日

べトナム紀行-No11 観光二日目朝

スコール



ホーチミン二日目の朝を迎えた。窓を開けると素晴らしい青空が広がっている。まだ朝の6時前だが目覚ましも無く心地よく目が覚めた。正確には寝ているのがもったいなくて起きてしまったと言った方がいいか。ホテルのブッフェで朝食をとる。日本では朝食はとらないので、あまり食べ過ぎると逆に体調を壊しそうだったので、小さい椀に盛られたフォーと焼売で軽く済ます。さすが本場どこで食べてもフォーは旨い。ビールを飲みたかったが、後の楽しみにとっておく。

この時期はヴェトナムは雨期なのだが、日本のように一日中どんよりしている訳ではなく、夕方に一瞬スコールが降る程度。基本的に傘を持たなくても心配はいらないらしい。カメラとレンズをバックに入れ、昨日の観光初日はちょっと飛ばし過ぎた反省もあり、今日はのんびり徒歩で市内をまわることにする。

バイク・タクシーの客引きが不快なので、髭もそらずサングラスで出かける。だいたいどこのアジア圏に行ってもそうだが、無精髭をはやしてサングラスで睨みつけながら歩いてると『危ない奴』に見えるらしく、ほとんど声を掛けられなくなる。特に無精髭は効果絶大で、日本人と思われないらしい(だらしない中国人に間違われる)。

外国人によく指摘されるのは「日本人はすごくちゃんとした格好でいる」。確かにここヴェトナムでも欧米人の観光客は、ボサボサ頭にランニングシャツに半ズボン、草履風のサンダルにビニール袋姿であまり格好は気にしてない様子だが、日本人はやけにちゃんとした格好。でかいバックを持って無精髭をはやしてる人などまずいない。現地の人からすればファッション雑誌から飛び出して来たような外国人に見える事だろう。いいかえれば「いい金づる」なわけだ。

アジア旅行の鉄則『できるだけ汚い格好で行動』

時計もホテルの金庫に置いて来た。というのも時計をしているとやたらと食い入るような視線を感じ、どうも居地が悪い。ヴェトナムは治安がいいので、白昼堂々追いはぎのような事は無いだろうが、こちらからあえて刺激する必要もない。一人での行動だから時間を気にする事もないだろう。同様にライカも刺激するので、できるだ目立たないようにする。

相変わらず白タクには声を掛けられるが、観光客目当ての悪徳バイクはほとんど寄ってこなくなった。昨日はやたら日本語で声を掛けられたが、それも激減する。如何わしいマレー人あたりに思われたか。まあ、誰に会う訳でもない、今日はヨレヨレの格好で過ごそう。

声を掛けられるのが減ったのは楽だが、気温30度湿度80%。さすがに歩くのにはちと辛い。歩いていて気がついたのだが、ヴェトナム人はだれも歩いていない。どんなちょっとの距離でもバイクで移動するらしい。東京ならどんなに猛暑でも歩道は人であふれているが、この国は街中バイクであふれている。

レンタルバイク店も覗いてみたが、パスポートを預けて借りるらしく、かなり心配だったのでバイクは諦め、ひた歩くことにする。昨日はバイク野郎にだいぶお金を使ってしまったので、今日は意地でもバイク・タクシーに乗らないと固く誓う。


「とにかく歩きまくるぞ!」

べトナム紀行-No12 人民委員会ビル

人民委員会

まず最初に行ったのが『人民委員会ビル』。フランス統治化の元、1901〜08年に建てられたフランス様式の美しい建物。この場所に立っていると、ここがヴェトナムであることを忘れてしまうほどだ。統一前は市庁舎として使われ、それ以前にはホテルとしても使われていた事があるらしい。

残念ながら一般開放はされておらず、中の見学はできない。話しによると優美な内装とクリスタルのシャンデリアで飾られた素晴らしい室内らしい。

目の前に広がる庭園(公園)には女の子を抱えるホーチミン像がたたずみ、ここがサイゴンではなくホーチミンだということを強く印象づける。

ホーチミンの公園はどこも美しい。ヴェトナム帽を被ったおばちゃんたちがいつも清掃をしている。統一されてるのか分からないが、公園の清掃してる人はブルーの服。道路の清掃をしてる人はオレンジ色の服を着ていた。

人民委員会ビル前にはカラシニコフAK47の自動小銃を下げた警官らしき守衛が立っている。その鈍い輝きを見たとき、忘れていたがここが社会主義国であることを思い出した。

自由で開放感あふれる街並だが、どこかしっかりした規律のようなものがあるような気がする。交通法規は全く守られず、経済も放置主義に思われるが、街全体に「だらしなさが無い」のはやはり政府主導型の国家だからだろうか。

しばし、人民委員会ビルを撮影し、次はノートルダム大聖堂へ向かう。気温はぐんぐん昇り既に服は汗でびっしょりになっていた。

スコール

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